プロフィール

CMS研究所の田端厚賢と申します。

現在は、WodPressを使ったサイトやスマホサイト、スマホアプリ、会員サイトの制作を主にやっています。

自己紹介をさせて頂きますと、

幼少期

子供の頃は動いている物、車が好きでした。

住んでいるところは、超がつくほどのド田舎です。

日本海側の突き出た能登半島の最先端、珠洲市というところに高校を卒業するまで暮していました。

中学2年で両親が別れて、家業の養鶏の廃業など

家の事情もあって高校卒業後親戚の社長が務めている会社に丁稚に行きました。

幼少期はうっかりしていたので、普通の人だったら、専門学校か短大、大学に行くところでしょう。

大学お金かかるし、いつでもいけるからいつでもいいよと

人生についてあまり決めていなかったというか決断するには、嫌だったので、

私は高卒でした。

学歴とか後で大事なんだなとわかってきます。

私は、人生の「スタートダッシュ」にいきなりつまずいてしまいました。

経験してみないとわかりません。人生もっと貪欲でいるべきでしたね。

そもそも山と海しかない環境で、競争もなく、都会も知りませんでした。

お金持ちのお坊ちゃん、お嬢ちゃんたちは大学に行って、コンパしてたり車乗り回して、周りからのフォローの風が吹いているわけです。

順風満帆いいですね。

こっちの世界は、油まみれの汗まみれ、

超ガテンなわけです。

今、思えば高校を卒業してすぐに就職も悪くはない選択でした。(今思えばですよ。)

丁稚時代

就職した会社は兵庫県尼崎市に工場があって、おもにパワーリフト(昇降機)と呼ばれる機械をトラックの後ろに取り付けて販売している会社でした。

昇降機って見たことありますか?引っ越しの時とかに見かけるトラックの後ろの荷台についている機械です。

最初、連れて来られた時の記憶として、社長がぶっきらぼうに頼むわぁと言う感じで、

親方が、じゃ頼むわぁと

私が最初にさせられた仕事は、10mm程度の厚さの鉄板に穴開けをする仕事です。

穴開けって簡単だと思うじゃないですか。でも全然簡単じゃないんですよ。

最初は、ツイストドリルの刃先がきれいな状態なので、穴あけも楽です。

そのうち刃先も摩耗して切れにくくなって、熱を帯びて焼き付けをおこして

酸化してさらに刃が切れないという状態になります。

丁稚なので、最初の給料が7万円からさらにもろもろ引かれると5万円くらいでした。

今思うと5万円でよく生活できましたよね。

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    著者 / 田端厚賢

    これからインターネットでビジネスを始めようと考えている方、今のビジネスをインターネットを使ってうまくやっていきたい方向けにコンテンツを提供、サポートを行ってきます。

    詳しいプロフィール

    ■著書

    SNSの書籍を執筆させていただきました。
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